2012年03月11日
3.11が気付かせてくれたもの
震災から1年が経とうとしている。
この1年間、ずっと思わないようにしようとして
いた考えがあった。
そして、その考え方はこれからの人生の中でも
ずっと、そうでありたいという考え方だ。
それは、、、
「被災された方や被災地の方と比べれば幸せ」
という考え方。
以前の私は、「〇〇と比べればましな方だ」とか
「事故で亡くなった人と比べれば生きてるだけで
幸せじゃん」などと、とても安易に思っていた。
1年前の震災による一連の災害は、私にあること
を気付かせてくれた。
それは、、
「人は、知らず知らずのうちに、自分の幸せを
他人の不幸と比べないと感じられなくなって
いるのではないか・・・」
ということだった。
不幸な事件が起こらない日はない。
しかし、他人の不幸を目にしたり、耳にしたり
しても、「あ~、自分じゃなくてよかった」とか
「遠い街の話だから関係ないか」という感覚に
なっていたのが私の真実だった。
自己啓発の本や、相田みつをさんの書でも
「いまここ」であるとか、不幸な人間はいない
的な類の言葉はよく聞く。
理屈ではわかる。
しかし、実感としてわかるときは、そこに他人の
「不幸」を見たり聞いたりしていなかったか?
昨年の今日、、、
なすすべのない驚異の前で、漠然と私は思った。
「この災害と何かを比べてはいけない・・・」
半世紀近い自分の人生の中で、はじめてだった。
「自分の幸せを他との比較なしに感じられるように
ならなくては、本当の充実した人生は来ない」
なんて感じてしまったのは。
幸せを他と比べない。
不幸だと感じることも他とくらべない。
自分の中にいる「自分の魂」が感動すればいい。
それが多分、私の「比べなくてもいい幸せ」だ。
お亡くなりになられた方のご冥福と、残された
ご家族のご健康を深く祈らせていただきます。
この1年間、ずっと思わないようにしようとして
いた考えがあった。
そして、その考え方はこれからの人生の中でも
ずっと、そうでありたいという考え方だ。
それは、、、
「被災された方や被災地の方と比べれば幸せ」
という考え方。
以前の私は、「〇〇と比べればましな方だ」とか
「事故で亡くなった人と比べれば生きてるだけで
幸せじゃん」などと、とても安易に思っていた。
1年前の震災による一連の災害は、私にあること
を気付かせてくれた。
それは、、
「人は、知らず知らずのうちに、自分の幸せを
他人の不幸と比べないと感じられなくなって
いるのではないか・・・」
ということだった。
不幸な事件が起こらない日はない。
しかし、他人の不幸を目にしたり、耳にしたり
しても、「あ~、自分じゃなくてよかった」とか
「遠い街の話だから関係ないか」という感覚に
なっていたのが私の真実だった。
自己啓発の本や、相田みつをさんの書でも
「いまここ」であるとか、不幸な人間はいない
的な類の言葉はよく聞く。
理屈ではわかる。
しかし、実感としてわかるときは、そこに他人の
「不幸」を見たり聞いたりしていなかったか?
昨年の今日、、、
なすすべのない驚異の前で、漠然と私は思った。
「この災害と何かを比べてはいけない・・・」
半世紀近い自分の人生の中で、はじめてだった。
「自分の幸せを他との比較なしに感じられるように
ならなくては、本当の充実した人生は来ない」
なんて感じてしまったのは。
幸せを他と比べない。
不幸だと感じることも他とくらべない。
自分の中にいる「自分の魂」が感動すればいい。
それが多分、私の「比べなくてもいい幸せ」だ。
お亡くなりになられた方のご冥福と、残された
ご家族のご健康を深く祈らせていただきます。
Posted by Evolution Mind at 20:23│Comments(0)
│つぶやき