2011年10月31日
マーケティング世界昔話
イソップ物語を知らない人はごく少数だと思う。
イソップさんは紀元前619~564年までは奴隷だったようだ。

代表作品は、誰もがどこかで聞いたと思うけれど
数ある中で、今から数千年後にまだ語り継がれているとしたら
それは多分この物語かな…?
2011.10.31 mon 17:48
From : Taichi Malkino
藤枝のofficeにて、、、
◆名著「キツネとブドウ」!!
ある夏の暑い日、キツネがブドウ畑を歩いていました。
ふと見ると、高いところによく熟れたブドウの実がなっています
「ちょうどいい、ノドがカラカラだったんだ」
キツネはニ、三歩さがって助走しブドウに飛びかかりました
だけど、とどきません
引き返して、今度はもっと勢いをつけて助走し、再び飛びかかります
が、また、失敗してしまいました
その後、キツネは何度も何度も飛びかかったのですが、ブドウはとれず
疲れ果ててあきらめました。そしてキツネは、なにくわぬ顔で、、、
「どうせあのブドウは、スッパイに違いない」
と言って、立ち去っていったのです

◆同じ人間の弱点を伝えるにしても…
この寓話の中で、イソップさんは、まぎれもなく
あらゆる人間が持つ「弱点」を書き記したと思う。
なぜかっていえば、、
人間の本質を語るとき、深い真実性をもった寓話でなければ
2500年以上も、語り継がれていくはずがないと感じるからだ。
ただし、同じように「深い真実」であっても、
様々な国において
さらには、様々な時代において、
「日常の教訓」的なモノとして人々の生活に浸透する
とは限らんようだ。
ようは、
「お前が手に入れられないものを、蔑む(さげすむ)のは簡単だよ」
「お前さぁ、失敗したからと言って負け惜しみを言うと成長せんぞ」
というようなことを、伝えていきたいと思うんだが、、、
もしも、
このお話が「イソップの『人間にとって有益な助言』シリーズ」的な内容
であったら、この教訓の寿命は、2500年以上も続いていなかったと
私は思う。
イソップさんが伝えたかった「人間の真実に対する教訓」は
ある方法によって、人々の脳の記憶の中に焼きついていったと感じる。
そして、私が言いたいのは、、、
この教訓の内容がどうのこうのではなくて
「どのような手法を使ったら何千年も伝わったか」
というところなんだよね。
◆具体性と記号化
多くの人の脳に焼きついていった原因は、まず、「記号化」だ。
「記号化」ってことがピンとこなければ、メッセージや
イメージを、簡単な単語や言葉に置き換えたということだと
思ってほしい。
ブドウ・キツネ・助走・酸っぱいブドウ・負け惜しみを言う
といった
「メッセージの記号化」により、具体的な情景が
とってもイメージしやすくなるわけ。
さらに、
抽象的な表現が一切なく
簡潔で子どもでもわかる表現であり
事実を淡々と述べていき
教訓じみた言葉の言いまわしは全くないので
このメッセージは、何千年も生き残ったし
今後も語り継がれると思って間違いない。
しかし、
実際のところ、私たちの生活の中は抽象的な言葉ばかりだ。
生活そのものは「かなり具体的」なんだけど、
言葉にして表現すると「まったくもって抽象的」に
変化してしまうという現象が起きている。

例えば、「戦争とは…」という問いかけに
1.非人道的な行為が、国の主張や利益件、威信
という名目のもとに繰り返されることを半ば正当化
してしまい、無差別な殺りく行為を伴うことを言う。
2.明け方の4時にもかかわらず、
敵の爆撃機から爆弾が民家に容赦なく落とされ
乳飲み子を抱いた母子が、一瞬にして肉片となって
血の海化してしまう無差別な殺りく行為が、
毎日、世界中の487箇所以上で行われることを指します。
どちらの答え方が、語り継がれやすいと思う?
◆抽象的であると…
さきほども述べた通り、言葉にすると「抽象的になりやすい」
という現象があらわれてしまう。
例えば、、
・医師は、胃や背中や心臓の病を治そうとします
・教師は、言語や数式の解き方、現象についての
科学的な解釈を教えます
・企業は、ソフトウェアを開発し、飛行機をつくり、
新聞を配達し、昨年のモデルよりも安く、速く、
高性能な自動車をつくります
といったように、
どんなに抽象的な企業戦略も、やっぱり最後は
人の具体的な「行動」に落とし込まれる。
そして、そうでないと成り立たない。
では、次のA「 」、B「 」の中の文章を読んで
具体的なイメージを浮かべてみてほしい。
A.「やすらぎが感じられ、幸せの光と愛のある家をお届けします」
B.「戦略的なビジョンを追求し、あなたの夢を叶えるご提案をします」
よくありがちな「企業の広告の言葉」だ。
で、具体的にイメージしてみろと言われても
「?」だよね。
自分がとれなかったブドウにケチをつけるキツネの方が
人間の心理を表す「抽象的な言葉」よりわかりやすいのと
同じことだ。

◆イソップの残した教訓
「キツネとブドウ」、「ウサギとカメ」、「オオカミと少年」
「金の卵を産んだガチョウ」「羊の皮をきたオオカミ」など
イソップの寓話は数々あり、それぞれに教訓はあろけれど、、、
最も大きな教訓は、、、
◆抽象的だと、アイデアの理解や記憶がむずかしい
◆抽象的だと、人によって解釈が違ってしまうのでビジネスに不向き
◆抽象的だと、仲間と目的を同じにすることが超困難
◆具体的だと、こうした問題は避けられるよん
これこそ、
イソップが私たちに残した「最大の教訓」だと思ってる。
イソップさんは紀元前619~564年までは奴隷だったようだ。

代表作品は、誰もがどこかで聞いたと思うけれど
数ある中で、今から数千年後にまだ語り継がれているとしたら
それは多分この物語かな…?
2011.10.31 mon 17:48
From : Taichi Malkino
藤枝のofficeにて、、、
◆名著「キツネとブドウ」!!
ある夏の暑い日、キツネがブドウ畑を歩いていました。
ふと見ると、高いところによく熟れたブドウの実がなっています
「ちょうどいい、ノドがカラカラだったんだ」
キツネはニ、三歩さがって助走しブドウに飛びかかりました
だけど、とどきません
引き返して、今度はもっと勢いをつけて助走し、再び飛びかかります
が、また、失敗してしまいました
その後、キツネは何度も何度も飛びかかったのですが、ブドウはとれず
疲れ果ててあきらめました。そしてキツネは、なにくわぬ顔で、、、
「どうせあのブドウは、スッパイに違いない」
と言って、立ち去っていったのです

◆同じ人間の弱点を伝えるにしても…
この寓話の中で、イソップさんは、まぎれもなく
あらゆる人間が持つ「弱点」を書き記したと思う。
なぜかっていえば、、
人間の本質を語るとき、深い真実性をもった寓話でなければ
2500年以上も、語り継がれていくはずがないと感じるからだ。
ただし、同じように「深い真実」であっても、
様々な国において
さらには、様々な時代において、
「日常の教訓」的なモノとして人々の生活に浸透する
とは限らんようだ。
ようは、
「お前が手に入れられないものを、蔑む(さげすむ)のは簡単だよ」
「お前さぁ、失敗したからと言って負け惜しみを言うと成長せんぞ」
というようなことを、伝えていきたいと思うんだが、、、
もしも、
このお話が「イソップの『人間にとって有益な助言』シリーズ」的な内容
であったら、この教訓の寿命は、2500年以上も続いていなかったと
私は思う。
イソップさんが伝えたかった「人間の真実に対する教訓」は
ある方法によって、人々の脳の記憶の中に焼きついていったと感じる。
そして、私が言いたいのは、、、
この教訓の内容がどうのこうのではなくて
「どのような手法を使ったら何千年も伝わったか」
というところなんだよね。
◆具体性と記号化
多くの人の脳に焼きついていった原因は、まず、「記号化」だ。
「記号化」ってことがピンとこなければ、メッセージや
イメージを、簡単な単語や言葉に置き換えたということだと
思ってほしい。
ブドウ・キツネ・助走・酸っぱいブドウ・負け惜しみを言う
といった
「メッセージの記号化」により、具体的な情景が
とってもイメージしやすくなるわけ。
さらに、
抽象的な表現が一切なく
簡潔で子どもでもわかる表現であり
事実を淡々と述べていき
教訓じみた言葉の言いまわしは全くないので
このメッセージは、何千年も生き残ったし
今後も語り継がれると思って間違いない。
しかし、
実際のところ、私たちの生活の中は抽象的な言葉ばかりだ。
生活そのものは「かなり具体的」なんだけど、
言葉にして表現すると「まったくもって抽象的」に
変化してしまうという現象が起きている。

例えば、「戦争とは…」という問いかけに
1.非人道的な行為が、国の主張や利益件、威信
という名目のもとに繰り返されることを半ば正当化
してしまい、無差別な殺りく行為を伴うことを言う。
2.明け方の4時にもかかわらず、
敵の爆撃機から爆弾が民家に容赦なく落とされ
乳飲み子を抱いた母子が、一瞬にして肉片となって
血の海化してしまう無差別な殺りく行為が、
毎日、世界中の487箇所以上で行われることを指します。
どちらの答え方が、語り継がれやすいと思う?
◆抽象的であると…
さきほども述べた通り、言葉にすると「抽象的になりやすい」
という現象があらわれてしまう。
例えば、、
・医師は、胃や背中や心臓の病を治そうとします
・教師は、言語や数式の解き方、現象についての
科学的な解釈を教えます
・企業は、ソフトウェアを開発し、飛行機をつくり、
新聞を配達し、昨年のモデルよりも安く、速く、
高性能な自動車をつくります
といったように、
どんなに抽象的な企業戦略も、やっぱり最後は
人の具体的な「行動」に落とし込まれる。
そして、そうでないと成り立たない。
では、次のA「 」、B「 」の中の文章を読んで
具体的なイメージを浮かべてみてほしい。
A.「やすらぎが感じられ、幸せの光と愛のある家をお届けします」
B.「戦略的なビジョンを追求し、あなたの夢を叶えるご提案をします」
よくありがちな「企業の広告の言葉」だ。
で、具体的にイメージしてみろと言われても
「?」だよね。
自分がとれなかったブドウにケチをつけるキツネの方が
人間の心理を表す「抽象的な言葉」よりわかりやすいのと
同じことだ。

◆イソップの残した教訓
「キツネとブドウ」、「ウサギとカメ」、「オオカミと少年」
「金の卵を産んだガチョウ」「羊の皮をきたオオカミ」など
イソップの寓話は数々あり、それぞれに教訓はあろけれど、、、
最も大きな教訓は、、、
◆抽象的だと、アイデアの理解や記憶がむずかしい
◆抽象的だと、人によって解釈が違ってしまうのでビジネスに不向き
◆抽象的だと、仲間と目的を同じにすることが超困難
◆具体的だと、こうした問題は避けられるよん

これこそ、
イソップが私たちに残した「最大の教訓」だと思ってる。
Posted by Evolution Mind at 18:07│Comments(0)
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